An  insect  fearful

 

 

日持ちの悪い食材はさっさと使ってしまうに限る。
 できるだけ空気に触れさせない適度な湿気を与える──などの細心の注意を払えば、
 野菜もかなり日持ちはするが、それにも限度というものがあり、殊ピーマンは油断する
 とシワシワの老人のようになりかねない。
 哀れな姿に変わり果てる前にと、サンジは蔕の部分にザクッと包丁を入れた。


 「…………」


 ピーマンの中身はその殆どが空洞で、中心部分に種がへばりついてる。指で抉り種を
 取り出してから調理に利用するのだが、サンジは蔕に包丁をいれるや否や、その動きが
 ゼンマイの切れた人形のように、ピタリと止まってしまった。
 何故なら、今日のピーマンはいつもと少し違うからだ。
 
 何か見慣れないものがその中に付着して、しかも蠢いている…。







 
「うぎゃぁぁぁーーーーーーーっっっっ!!!!」



 
 キッチンから悲鳴とも雄叫びともつかないどよめき。
 
 「サンジくんね…」
 パラソルの下、レモンシュスカッシュで喉を潤してるナミが『またか…』というような様子
 で呟く。
 「アレもコックなら見慣れてそうなもんだけどな」
 そう言ったのは、惰眠を叫びで妨害されたゾロ。
 「仕方がないんじゃない?怖いものは怖いんだから。さっさと行ってやりなさいよ」
 「いいかげん放っておきゃ自分で処理できるだろ?あいつも子供じゃねぇんだ」
 「子供じゃないから悪寒が走るのよ。泣いてたらどうするの?」
 そういわれれば、子供の頃は得体の知れない、見たこともないようなそれらを平気で掴
 んだ覚えがある。
 ゾロは今も触れと言われれば何の障害も感じることなく触ることができるだろうが、ナミ
 は流石にもう無理だと言う。
 
 (泣かれたって別に構やしないんだけどな…)
 
 サンジの泣き顔は可愛い。
 笑った顔も、怒った顔も、それはモトがいいからどんな顔をしていたって可愛いのだが、
 殊泣き顔と、アノ時の顔は格別である。
 例え腹一杯の状況でだって、あの顔を食えと言われれば胃袋は途端にサンジの入る隙
 間を盛大にしかも喜んで空けてくれるだろう。



 「何モタモタしてんのよ。さっさと行きなさいってば」
 サンジがゾロに助けを求めていることは明白。
 あの叫び声だ。
 きっと飛び上がって驚いたに間違いはない。
 こんなことで睡眠時間を削られるのは不本意だが、サンジに求められては答えなけれ
 ば男が廃る。
 「わかったよ。様子みてくる」
 「ご苦労さま」


 ゾロ脱力。






 「どうしたよ?」
 「アレ、アレ!!」

 「あぁ?」  
 指を差された場所には。  
 1つのピーマン。  
 何の変哲もない、普通のピーマン。
 「別のどこもおかしいとこなんてねえぞ?」
 クルクル回しながら表面を見回しても、サンジの怖がる要素のモノはどこにも存在して
 いない。
 「ばっか!!中だよ!!中見てみろ!!」
 「中?」
 ザックリと切られたピーマンを、ゾロは双眼鏡を覗くような素振りでじっくりと覗いてみた。
 そこには。
 確かに、何か…。
 
 いる。

 ベージュとも黄土色ともつかない、なんだかヌルヌルしていて、背上部には線がスラリと
 引かれている。
 人間だったら、さしずめ手術の時の切り取り線みたいなものか?とゾロは隣りでガタガ
 タ震えるサンジをヨソに、そんな暢気なことなんか考えてみた。
 そしてソレの最大の特徴ともいえる、2本の触覚。
 ゆらゆらと左右に蠢き、その度に体をくねらせて、そういえば夜のサンジもこんな感じだ
 なと、またもや暢気で不埒なことなど考えている未来の大剣豪。

 「ナメクジだな。こりゃ」
 「切ったら入ってたんだ…。他に切り口とか見当たらなかったから、誰かが嫌がらせに
 混入したってことはありえねえよな…?」
 虫如きでちょっぴり涙ぐんでるサンジは相変わらず震えていて、少し困惑気味のようだ。
 「被害妄想甚だしいヤツだな。誰がこんなもん混入させなきゃなんねえんだよ?」
 ピーマンの成長過程で、空洞の中に閉じ込められたソレは、食材として店に並べられる
 まで、じっと空洞の中で我慢したらしい。
 ある意味脱帽である。
 この努力は賞賛されるべきものに値し、それを悲鳴と共にゲテモノ扱いされたのでは、
 ナメクジとて天に召しても浮かばれない。

 「で、コレどうすんだよ?」
 ゾロはわざと中のそのイキモノを目の前まで持ってきて訊いた。
 「ばっ…ばかっ!!こっちにくんなっっっー!!」
 勿論サンジはうるうる顔で数メートル後ずさったのは言うまでもなく。
 「おら、どうすんだよ?」
 どうするって決まっているではないか。
 「す…捨てて…。海ん中に捨てたら塩っけで跡形もなくなっちまうだろ…?」
 「わかったよ。捨ててくる」
 「手洗えよ…。そんなもん触った手でオレは触らせねえ…」
 「はいはい…」
 ゾロ再び脱力した。



 今日の夕食も賑やかだ。
 ナミ、ロビン、そしてサンジの食卓の前には、副菜であるピーマンの肉詰めは並べられ
 ておらず、何事も食糧を無駄にしないサンジだから、男共の誰かに、あの虫が数ヶ月這
 いたくったであろうピーマンが並べられてあるのはずだった。
 自分の前に並べられてあるものが例えビンゴだったとしても、別段気にするゾロではな
 いが。
 自分では絶対口にしないのが、またサンジらしい。
 よっぽど虫嫌いのようで、可愛くて笑える。
 「おい、アレ…ちゃんと捨ててくれたか?」
 「あぁ、海水ん中に放り投げたから、今ごろ溶けてお陀仏だろうよ」
 「ゾロ、なんか捨てっちゃったのか?」
 きょとんとした顔でチョッパーが訊ねてくる。
 「サンジが怖がるもんだ」
 「えー?サンジのも怖いものってあったのか?」
 「ああ。生意気な口ばっか聞くくせに、コイツむ…」
 「うるせぇぞ!!!クソ剣士がっ!!」
 みなまで言う前にサンジによって遮られた。別に隠さなくても、ここのクルーは殆どが
 知っているのに…。 
 変にプライドが高いところは、まだまだ子供である。
 「サンジ、誰にだって怖いものはあるんだから、別におかしいことじゃないぞ。オレだっ
 て、サンジを怒らせたら怖いもん」
 「オレもなぁ、チョッパーに嫌われたら怖いかな」
 ハハハ…と誤魔化しがてら作り笑いをするのが、不憫で哀れだとここにいる数名がサ
 ンジに同情。
 そして、それ以上の感情をかわせる男が1人。
 
 (オレに嫌われるのは怖くねえのかよ!!)


 憤慨する剣士もコックに負けず劣らずの子供だった。







 野菜から虫を発見した日、サンジは必ずといっていいほどゾロに甘えてくる。
 怖い思いをしたのを、ゾロの体で慰めてもらうためだ。
 勿論今日も、夕食の後片付けをマッハで終らせ、甲板で酒を呷っていたゾロの元へトコ
 トコやってくると、一緒に風呂に入ろうと誘った。
 ゾロには断る理由がないから、寧ろ喜んでサンジの申し入れを受け入れる。
 狭い浴槽にお湯を張って、いい青年2人が身を縮こませて湯船を出たら、お湯なんて申
 し訳ない程度にしか残ってはいないんだろう。
 ナミが水を無駄使いするこの事実を知ったら、2人の関係を問いただされる前に、命を
 危険に晒している航海の過酷さだの、命の源はもっと大事に使えだの、違うところでし
 かもご尤もな説教をくれるに違いない。
 だけど今の…少なくともサンジにはそんなこと関係ないらしい。
 ゾロに甘えることが当面の目的なのだから。
 「なんであんなに虫嫌いなんだよ?」
 「だって…こえーもん…」
 「虫はてめえのことなんざ、何とも思っちゃいねえぞ?」
 「やだ…虫だけはやだ…気持ちわりぃ…」
 か細い声で呟き、痩身の体を自ら抱いて、縮まった身体を余計に小さくした。

 幼い頃にトラウマでも抱えたのだろうか?
 ここまで酷い怯え方をする人間にあったのは、ゾロにとって後にも先にもきっとサンジだ
 け。
 この年になっても虫嫌いが克服できていないのは、バラティエ時代にゼフや他のコック
 たちが、『虫だ!虫だ!』と騒ぎ厨房を逃げ回るサンジに虫が人間に危害を加えるもの
 ではないと教えこんでいないせいだと思った。
 多少荒療治でも、ウソップのように目の前に虫を見せつけたり、慣れることを覚えてしま
 えば気味が悪いものでも、自分で処理できるくらいの術は身についていたはずだ。



 箱入り息子。
 まさにそれ。



 「だったら俺が虫だったらどうするよ?」
 縮んだ身体を後ろから抱すくめながらゾロは訊く。
 「それでも怖いか…?」
 サンジは一瞬だけうーんと唸り、くるりと向きを変えた。
 その反動から、狭い浴槽からお湯ばしゃばしゃと音をたてて零れ、サンジは暴れるお湯
 が落ち着くのをゾロの膝の上でじっーと待った。
 静かな空間。
 瞳で応えを促されるのが気恥ずかしくて、代りにゾロの首筋に手をまわしわざと顔を隠し
 た。
 「おい。怖いかって訊いてんだよ」
 つくづく甘え上手だなと感心しながら、金糸をゾロは撫でた。
 「怖えーよ…」
 「…ちょっとショックだな」
 「だって…ゾロが虫だったらオレなんかより寿命短かいし、放っておいたらすぐどっかに
 逃げちまうし…」
 「オレは何になってもお前から逃げたりしねえぞ?」
 「でも、オレはやっぱり虫は好きになれねえから、ゾロのことも嫌いにならなくちゃならな
 い…」
 相変わらず小さな声で言うサンジの耳が赤いのは、ユニットに立ち込める熱気のせいだ
 けではないようだ。
 ゾロは無理矢理肩口からサンジを引き剥がした。
 やっぱり頬も赤い。
 「言いたいことがわからねえな。オレの目見て言えよ」
 「だから…」
 「だから?」
 「…ゾロのこと嫌いになるほうが怖いってことだよ」
 わかれよ、そのくらいと言葉を繋げ、サンジはますます上気した顔を見せた。
 そっぽを向かれる瞬間。
 ゾロは素早くサンジの顔を掴み、ちゅと額にキスをする。
 
 そして鼻先、頬に順番。
 
 最後は唇。

 そこだけは他の部分よりも明らかに長く…しようと思ったが、照れたサンジに唇を離され、
 ゾロの希望は成就されることはなかった。
 「そりゃぁ…オレも逆だったら怖えな」
 「ダロ?」
 今度はお返しにサンジからのキス。
 受けるほうがうんと甘い。



 「…なんか固いもんが当たるんだけど…」
 「まぁ気にすんな」


 サラリと流した本人が気にしないでいられる訳もなく、サンジはゾロの成長した虫に侵
 入を許してしまうのだった。





 

 

■大好きなサユリ☆張様のサイトから、DLFに託けて素敵小説を見事拉致って来ましたvv

大嫌いな虫をダシに気持ちを確認し合う二人…何見てもソッチ関連な、三宮の大好きな「エロいゾロ」

もツボです!サユリ様の書かれるちょびっと強引なゾロと、何だかンだ言っても許しちゃうサンジ君が大好きです。

サユリ様、ありがとう御座いました〜v■

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